めはわるめ

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綺麗な文章と信頼性とブログに求めるものの話

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やっぽっぴー。俺やで。

 

今日は会社に着いて自分のイスに座った途端、なんだか右側の腰が痛い日だった。

浅く座って、背もたれに思いっきり背中をつけるスタイルだとあまりいたくなかったんだけど、最近姿勢を良くしようと頑張ってる自分にとってはその座り方でいるのはなんだか罪悪感があって。

 

何に対しての罪悪感なのか知らんけど。

自分にとってなのかな。知らんけど。

 

こんな適当な文章ばっかり書いているからか、最近、キレイな文章って苦手だなって思ってる。ずっと思ってたのかもしれないけど。知らんけど。

 

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綺麗な文章って苦手だな~って思った

 

ここでいう「綺麗な文章」っていうのは、なんというか、めっちゃ整備されたコンクリートみたいな。ペニーとかスケボーで移動したときに「アアアアアアアアア」ってならない道を走ってるような。そんなやつ。

 

 

例えばね。

すっごく綺麗なトマトをいただきました。これを作っている人はどんな苦労をしたんでしょうか。すばらしい。

みたいな。そんなもん私みたいなアホに書かせたら

トマトヤベー赤いなウメーー作った農家スゲーーー!くらいじゃん。

で、個人的な違いもあるだろうけど、スっと入ってくるのってアホの方だと思うのね。

私がアホだからかもしれんけど。100発100中そうなんだけど。

 

個人で好きに書いているだけだし、読む人のことを考えるのはスゲー大事だと思うし、

まあたぶんツイッター住人として何年も生きているからかもしれないけど、誰に気使ってんの?って思っちゃう。

Year

 

 

綺麗な文章と信頼性の話

 

 

公式の文章というか、しっかりした会社の人間が信用できる媒体に載せる文章なら

敬語とか使った綺麗な文章の方がいいと思うし、信頼性も上がると思う。

 

しっかりした=敬語ってわけじゃないし、ブログをなめてるわけでもないんだけどさ。

書いている人が医者で顔出し名前出し院名出ししてる人がアホな文書でブログを書くのとただの一般人がしっかり綺麗な文章で書くのとじゃ、どうしても信頼性は変わってくるよね。

 

 

どんどん話がずれてって何が言いたいのかわからなくなってきたけど、

たかだか個人のブログにそんな信頼性とか信憑性とか求めてないからもっと好きに崩しちゃえよって!

 

 

ブログに対する考え方とか、

読み方とかいろいろあると思うんだけど、私はそう思ってる。

だってさ、必要な情報を検索して出てきたのが個人のブログだったときって100%信じなくない?

へ~ふーんそうなんだー参考にしようかな~くらい。

 

 

これもたとえ話だけど、

ナイキの公式WEBサイトに上がった靴の紹介ページと

個人の靴好きの靴の紹介ページだったら。

 

例えコピペで同じ文章だとしてもも公式の方が信じるよね。

だから、ブログに求めるものは信憑性とか信頼性とかじゃないから!

好きに書いちゃいたいよね!好きに書きすぎると燃えそうで怖いけど!

 

 

ブログに求めること

 

 

結論。ブログに求めるのは、親近感だと思ってる。私は。

私も一般人、ブロガーも一般人、ユーザーも一般人。

一般人だからこそ一般人に伝わる何かってあると思うんだよね。

 

芸能人のチョーたっけーインテリア自慢のブログより、

同じような収入の一般家庭で使ってるIKEAのよさそうなインテリアの方が気になるじゃん。

 

そういうこと(?)

 

今話題のインスタグラムのインフルエンサーとかもそういうことよね。あと読モとか。

一般人が情報発信して求められるのってそこくらいまでのレベルだよきっと。

知らんけど。

そこからオフィシャルの人間になったら求められることも変わってくるだろうけど。

 

一般人の我々が情報発信をするなら、

いかにユーザー目線の情報を出せるかってことだと思う。

 

知らんけどな。

全部私が思ってるだけのことだけど。

 

知らんけどってすっげー便利な言葉すぎて笑ってる。

いつか知らんけどって言わなくていいくらい自信持って自分の意見が書けるようなビックな女になるね。

 

 

うそだけど